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職員コラム Feed

2008年2月17日 (日)

ギリギリッス

ギリギリッス
去年の夏、スポーツ店においてあった募集の紙を見て申し込んだ、東京マラソン。

運良く当選し、今日、走ってきました。 初フルマラソンでした。

記録は、終了間際でしたが、なんとかゴールすることができました。

ホッとしました。

〓のがみたけなる〓

2008年2月 3日 (日)

なわとびチャンピオン大会

Img_0966今日、アスパーク亀田にて、なわとびチャンピョン大会が行われました。
東小学校からは、6年生4チームが、大なわとびの部に参加しました。



結果は、東小4チームのうち1チームが優勝しました!
見事東小学校 のチームが大会3連覇を成し遂げました。

その他、5位に入賞したチームがありました。
白熱した1日となりましたscissors

神谷

2008年1月21日 (月)

給食週間とは?

そもそも学校給食は1822年(明治22年),山形県は現在の鶴岡市で一部の子供たちに昼食を与えたのが始まりと言われています。

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ちなみに,そのメニューは「おにぎり・焼き魚・漬け物」だったとか。

しかし,昭和16年から20年の間は戦争で給食を続けることが難しくなり,学童疎開により中止となりました。

この頃の子供たちは食べ物の不足のため,小学校6年生は今の4年生ほどだったそうです。

 戦後間もない1946年12月24日,東京・千葉・神奈川で給食が再開されました。現在この日は冬休みに当たるため,1ヶ月後の1月24日が「給食記念日」と定められ,その日を含む1週間を「給食週間」と言い,給食について考える期間としています。

 新潟市では,1947年(昭和22年)1月20日に学校給食が開始されました。最初のメニューは「鮭,あさりの缶詰,みそ汁」でした。

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上の写真は昭和27年の給食です。

献立も今とは違い,牛乳ではなく,牛乳の脂肪分を取り除き粉にしたものをお湯でといた「脱脂粉乳(だっしふんにゅう)」や,今ではなかなか食べられない鯨などが登場していました。


現在ではご飯中心に,豊富な食材を使った給食となりました。

しかし,世界では食べ物が足りなくて栄養不足の人たちが7人に1人いる国もあるそうです。

給食センターではみなさんが将来にわたるまで元気で楽しく運動や勉強ができるよう,色々な料理に挑戦して安全でおいしい給食を作っていきますので,

「もったいない」

という気持ちを忘れずに苦手なものにも一口挑戦してみてください。

亀田給食センター 栄養士;安達

2008年1月20日 (日)

かわいいお客さん♪

かわいいお客さん♪
かわいいお客さん♪
何の足跡か分かりますか?(多分タヌキとウサギ) 祖父母宅の庭には、たくさん、森からお客さんがやってきます。

ウサギの足跡を追跡したら、どんどん山奥に続いていて怖くなり途中で断念…。

秋には猿や熊が来るからちょっぴり!?怖いですが( ̄▽ ̄;) あと40日余りで東小を巣立つ6年生。しっかり足跡を残して羽ばたけるよう、頑張ろう♪

かんたえ

2008年1月14日 (月)

光のページェント

「にいがた光のページェント」,いよいよ今夜が最終日です。

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このイベントは主に新潟市南商工振興会の皆様が中心となって進められている今回で20回目を迎えた夢のある活動です。

「新潟の長い冬を少しでも明るく楽しくしたい!」

「子供たちに夢を与えたい!!」そんな願いからスタートしたと言われています。

地球温暖化防止に向けた啓発活動も兼ねているこのイベント,実は今回のイルミネーションに必要な電力エネルギーの1/4を,風力発電やバイオマス発電といったクリーンなエネルギーから得ているそうです。

新潟市駅南「けやき通り」。そのけやきの木,208本全てが,26万個の美しいイルミネーションで鮮やかに彩られる様子はとても幻想的。

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『新潟市の冬の風物詩』,どんな形で自分が関われるのかわかりませんが,いつまでも大切にしていってほしい活動の一つです。

くまっきー

2007年12月 7日 (金)

クラブ活動最終

今日はクラブ活動の最終日でした。

 

個人の反省をし、全体の反省をした後、我が「科学実験クラブ」は、最後の実験=スライム作りに!!

 

子供って、こういうの好きですよね。

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一年間、楽しく仲良く活動できたようでよかったです。

2007年11月30日 (金)

日記;成田

大空祭の当日,この日の青空のように,子供たちの顔もすてきな笑顔で登校していました。

1年生も上学年の子供たちに教えてもらいながら,一生懸命自分の仕事をしていました。

6年生の皆さん,ご苦労様でした!

2007年11月27日 (火)

平和に過ごせる毎日に心から感謝

平和に過ごせる毎日に心から感謝

「人間が人間としての心を失うのが戦争なのです。」真っ暗な「アブチラガマ(自然壕で戦争中避難所、病院として使われた)」という洞窟の中でガイドさんから聞いたこの言葉が、私の胸に深く突き刺さりました。

連休に平和教育の研修で沖縄に行ってきました。沖縄というと青く澄んだ海、きれいな砂浜…といったイメージですが、今回3回目の沖縄では、今まで日本人として沖縄で起きた戦争のことを知らずに生きてきたことに対する罪悪感で、日に日に心はどんどん切なさが増していきました。

     
沖縄が唯一地上戦で悲惨なめにあったことは知っていましたが、たくさんの爪跡が今も残っているとは思いもしませんでした。
中でもヘルメットをかぶり、懐中電灯を持って入り込んだ「アブチラガマ」では言葉を失いました。
辺り一面真っ暗で、まともに歩けないほど足場が悪く、劣悪な環境で身を寄せ合って生き抜かなければならなかった、何の罪もない沖縄の人々、特に明るい未来のある子どもたちの気持ちを思うと本当にやりきれない気持ちになりました。どんなにか怖かったことでしょう。思わずガマの中で涙が溢れてしまいました。
そして戦争を体験した方たちの話を聞きながら、戦争で尊い命を失い、亡くなった大勢の人々も辛かったでしょうが、愛する大切な人たちを失ってその辛さを背負って生きてきた人々の方が、もっと辛いのではないかと感じました。
62年経った今も沖縄の人たちの心の中で戦争は終わっていないのだと痛感しました。それだけ決して心の中から消し去ることのできない惨たらしいものが戦争なんだと改めて感じました。


でもそれ以上に驚いたのは、あんなに辛い思いをしたのにきちんと事実と向き合って私たちに説明してくださる強さをもちつつ、瞳がきれいで笑顔がとっても素敵な沖縄の人たちの素晴らしさでした。本当に辛い命がけの思いをした人だけが、あんなに素敵な表情になれるのだろうか…と思ったら涙が止まりませんでした。
3日間をとおして貴重な体験をさせてもらった私が子どもたちのためにできることは何だろう?と考えました。
学んだことや私自身が感じたことを目の前の子どもたちに分かるようにどう伝えようか、正直まだ心が定まっていませんが、沖縄の人々の顔を思い浮かべながら私が思ったことを語ろうと思います。
そして『敵も味方もなくなってしまう、人の心を失う戦争の恐ろしさ』、『一度傷ついたことは二度と心から消え去ることはないこと』を子どもたちとともにしっかり感じていきたいと思います。
自分もいつか親になったら子どもを沖縄に連れて行き、しっかり事実を見せて感じさせたいと強く思いました。
笑って過ごせる平和な毎日に心から感謝した3日間でした。 かんたえ

2007年11月15日 (木)

日記;竹田

今週は『パワーアップテスト週間』。わたしたち職員は丸つけの連続です。

ある子の連絡帳に,

「再テストでも不合格だったので,夜になったら,うえん,うえんとなくと思います。」

と,今日の感想を書いていたのを見て,

「2月には,みんなが合格できるようによりよい手立てを考えていかなければ!!」

と強く思いました。

2007年11月14日 (水)

日記;佐藤

市小研体育部の野上教諭の授業を見させていただきました。

教材,教具があらゆる場合を想定して完璧に準備されていること(当たり前のことなのかもしれませんが,本当にすごかったです),子供たちのボールの投げ方がとても上手なのに感激しました。

これまでの指導の積み重ねと教材,教具の準備の徹底を感じました。

私も見習いたいと思いました。

そして,何より子供たちの楽しそうな笑顔がとっても素敵でした。